魅力的な謎と論理的な推理で読者を楽しませる本格推理にこだわっていたせいなのだろうか、自らをもミステリアスな存在としていたのが鮎川哲也である。ながらく生年や学歴、職歴といったプライベートがはっきりとはしなかった。
終戦直後から作品を発表していたけれど、1956年に鮎川哲也名義の第一作である『黒いトランク』を刊行するまでの、まさに茨の道といえる初期の創作活動についても、結局、多くを語ることはなかった。1950年に『ペトロフ事件』で「宝石」の懸賞に入選したとはいえ、順風満帆ではまったくなかったのだ。
生年が1919(大正8)年と確定されたのも晩年である。もっとも、本人がエッセイ等で認めたわけではないけれど。そして2019年、生誕百年を迎える。残念ながら、本格推理への惜しみない愛を、直接聞く機会はもうないが、そのDNAは確実に受け継がれている。今なお日本では、謎と論理のミステリーが読者を魅了しているからだ。そしてもちろん、鮎川哲也作品が、多くの読者に愛されているのも言うまでもない。
今回の展示では改めて、その創作活動を原点から振り返ってみたい。ミステリーに導かれた翻訳作品、創作メモ、筆まめだったことを窺わせる手紙の数々、作家や編集者との交遊、幻の探偵作家の探索……。そのピュアな作家活動への興味は尽きることがないに違いないだろう。
2018年11月20日(火)〜2019年2月16日(土)
日月・祝日休館/年末年始は12月27日(木)〜1月7日(月)連休
第21回日本ミステリー文学大賞受賞を記念して「まつろわぬ国を遊び尽くす――夢枕獏展」を開催中です。
――伝奇アクションに新風をもたらした『魔獣狩り』以下、ダイナミックな格闘小説、安倍晴明や空海を主人公にした伝奇小説、ミステリアスな山岳冒険小説、元禄時代に材を取った釣り小説など、自由奔放かつ精力的な40年の創作活動。一方で写真・釣り・登山・カヌー・プロレス等々、多彩な趣味も楽しんできた。映像化・舞台化された作品も多い。ここに展示したのはそんな夢枕獏ワールドのほんの一端である。とはいえ、その豊潤な作品世界を窺うことはできるに違いない。
於:ミステリー文学資料館
期間:2018年3月22日(木)〜8月18日(土)
※日・月・祝日休館、なお、4月29日(日)〜5月7日(月)は連休いたします。
ものごころついた日本人でシャーロック・ホームズの名前を聞いたこともない人はいないでしょう。日本版ホームズを意図して生まれた日本最初のシリーズ探偵、三河町の半七親分も敵いません。ホームズが、早熟なら小学上級生でも楽しめるのに対し、半七は高校生以上ぐらいにならないと面白さが分かりにくい。
半七にはエキセントリックな個性がなく、投げ銭によって下手人を仕留めるような見せ場もないので、映像化されることが少ないせいもあって、他の捕物名人に知名度では譲ります。しかし、江戸川乱歩が戸板康二の〈雅楽探偵譚〉を〈半七捕物帳〉と並称して、「戸板さんの文章には、おいしい物を噛みしめるような、なんともいえない味が」あると評したのは、そのまま岡本綺堂の半七にも当てはまるでしょう。
ホームズの魅力については、ことさら述べるまでもありません。そのキャラクターと物語に魅せられた人々が、原作を愛読反読するだけに飽き足らず、ビジュアル化、パロディー化、また関連グッズを製作、収集する情熱に触れるだけでも、その底知れなさが実感されます。
奇しくもホームズ誕生130年、半七誕生100年を同じ年に迎えた今、両探偵の魅力を比較して、改めて原作に親しむにも絶好の機会ではないでしょうか。ホームズの住所ベーカー街221番地Bにちなんで、今回は2018年2月21日まで開催します。
シャーロック・ホームズ〈130年〉半七捕物帳〈100年〉
〜ロンドン/大江戸 二大名探偵誕生記念展
いしいひさいち「4コマ」+ひらいたかこ「イラスト」&日本一のホームズグッズコレクター「志垣由美子コレクション」をメインに魅せる
期間:10月24日(火)〜2018年2月21日(水)
サスペンスから冒険小説、警察もの、歴史小説など幅広いオールラウンド・プレイヤーは、時にはカメラマンでもある。ファインダーを通した作家のまなざしを追体験しよう。
期間:2017年3月22日(水)〜8月19日(土)
1996年、ミステリー界は活況を呈していた。本格系の新人が次々と登場し、女性作家が台頭し、ホラータッチのものなどヴァラエティに富んだ作品が読者層を広げた。
そこに訃報が相次いだ。2月にハードボイルドの先駆者である大藪春彦が、6月に刑事ものや新聞記者もので一世を風靡した島田一男が、そして9月に華やかな女性探偵とトリックで魅了した山村美紗が……没後20年、あらためてその業績を振り返る。
期間:2016年11月15日(火)〜2017年2月18日(土)
昭和が終わったころ、北村薫は殺人など重大犯罪なしに本格謎解きを描くというコロンブスの卵を産んだ。その手法を多くの新人が後継して〈日常の謎〉派が形成されたが、当人はなお新たな領域に挑戦しつづけている。
期間:2016年3月15日(火)〜8月20日(土)
期間:11月17日(火)〜2016年2月20日(土)
1945年8月の終戦で探偵小説界は大きく揺れ動いたが、そこに『刺青殺人事件』でまさに彗星の如く登場したのが高木彬光だった。「本格」の驍将として斯界を瞠目させたデビューの頃を、作家交遊録から振り返る。
昭和は遠くなりにけり ── といわれる昨今、江戸川乱歩は昭和40年の没後から50年の今年なお読み継がれ、映画・舞台・アニメに引っ張りだこ。その魅力の源泉を、横溝正史・高木彬光ら同志たちとの交歓を通じて探る。
2015年9月1日(火)〜10月3日(土)
*9月14日(月)〜22日(火)は「戦後池袋 ── ヤミ市から自由文化都市へ」(立教大学、旧江戸川乱歩邸、東京芸術劇場等会場)プロジェクトの一環として連日開館。期間中、共通パンフレット提示にて入館無料。
【主な展示物】
江戸川乱歩「D坂の殺人事件」草稿/「夢のクルーザー幻影号」表装原稿
横溝正史『八つ墓村』/『悪魔の手毬唄』原稿
松野一夫「別冊宝石42 江戸川乱歩還暦記念号」(昭和29年11月)表紙肖像原画
乱歩〜高木彬光書簡他
叛史――それは教科書に書かれているような正史と対極にある概念だ。1979年のデビュー作『非合法員』以来、「船戸叛史」の視点で、体制から疎外された人々の心の奥底を描いてきた。その作家活動の原点をここに振り返る。(撮影:森 清)
中井英夫の大作『虚無への供物』が、「アンチ・ミステリー、反推理小説」を標榜し刊行されて50周年。いまや横溝正史『獄門島』に次いで日本の推理長編ベスト第2位の座を不動にしている。
本書はまた戦前の、夢野久作『ドグラ・マグラ』、小栗虫太郎『黒死館殺人事件』と併せてミステリー界の、いや日本文学の三大奇書という栄誉にも輝く。折りしも2015年は、先行する二巨峯の刊行から80周年。日本の幻想文学・異端文学の脈流に改めて想いを馳せる好機ではあるまいか。
史上初「三大奇書」を一堂に!
ことに今回、中井氏の命日である12月10日(水)と、その前日との2日間限定ながら、九州大学記録資料館および世田谷文学館のご協力を得て、『ドグラ・マグラ』草稿、『黒死館殺人事件』原稿、そして『虚無への供物』草稿が一堂に会する予定。史上初の快挙と自負したい。
両日以外も、会期中は前2者をレプリカにて展示。また、江戸川乱歩への『虚無への供物』完成報告の手紙も、東京では初めて一般の目に触れるもの。
そのほか、展示替えも予定されているので、二度三度のお越しをお待ちしております。
(資料館運営委員/新保博久)
*2日間限定のオリジナル展示見学に予約は不要ですが、混雑時、入場制限を設ける場合があります。資料館ゆえ会場では静粛にお願いします。展示品の撮影・筆写等は禁止です。
フラメンコ・ギターでは、自らその腕前を披露するだけではなく、世界の一流ギタリストを招いてのコンサートを企画もしている。厖大な数の史料を読み解いてのスペイン現代史研究では、数々の新事実を発掘する。そして、ハメットでハードボイルドに目覚め、1987年には、『カディスの赤い星』で直木賞と日本推理作家協会賞を受賞した。
ドゥエンデ──スペイン語では「歌や踊りなどの不思議な魅力・魔力」も意味するというが、そのドゥエンデを実感できるのが、逢坂剛の世界だ。
第17回日本ミステリー文学大賞受賞を記念して、3月15日から8月30日まで、ミステリー文学資料館にて開催中。
ハードボイルドから安楽椅子探偵、時代小説なら謎解き重視の捕物帳から痛快剣劇まで。編集者としては007やショートショートを初輸入。時空とジャンルを往還した活躍は、10年の不在を超え、新たな読者をも魅了する。
その多才さを、ありきたりの作家展で伝え尽くすことは不可能に近い。本展は、遺品の多くを継いだ堀燐太郎氏のご協力によりユニークなものにできたが、それでもなお表現しきれなかった広大なツヅキ宇宙にこそ、想いを馳せていただきたい。
期間=2013年10月29日(火)〜2014年2月22日(土)
於=ミステリー文学資料館
なお、展示に連動して、所蔵資料特別公開?D「江戸川乱歩、植草甚一、都筑道夫らが選んだ初期のハヤカワ・ミステリ千余点」=ポケミス101『大いなる殺人』(M・スピレイン)〜1200『煙幕』(D・フランシス)も展開中。
虚構に張られた事実の糸か、現実を貫くひとすじの物語か。虚と実、光と闇とを自在に往還する当代屈指の語り部の舞台裏がいま、初めて公開される。耽美・残虐・物語性に彩られた作品群を産み出した源泉 へ、さあ巡礼の旅にお誘いしよう。
第16回日本ミステリー文学大賞受賞記念して、「虚実つなわたり 皆川博子の世界展」を開催しています。いずれも初公開資料ばかり。ぜひお出かけください。
於:ミステリー文学資料館
期間:2013年3月12日(火)〜8月31日(土)
日本の本格推理を代表する作家として、数々の傑作で読者を魅了した鮎川哲也が、卒然とこの世を去ったのは、2002年9月24日のことだった。
1956年に刊行された、鮎川哲也名義の第一作となる『黒いトランク』以下、本格推理一筋のその業績については、あらためて語るまでもない。今なお、読者の熱い支持を受けている。また、生前私淑した作家たちの、そして鮎川哲也がデビューの手助けをした作家たちの、活躍には目を見張るものがある。
当資料館においては、すでに2001年、「鮎川哲也の世界展」を開催しているが、没後10年にあたって企画した今回は、所蔵の資料のなかから、鮎川哲也の作家活動を多面的に捉えてみた。
意欲的に取り組んだ年少者向け推理小説、NHKテレビ『私だけが知っている』ほかテレビやラジオの脚本執筆、『幻影城』や『EQ』で創作以上に没頭した幻の探偵作家の探索、そして光文社文庫『本格推理』での新人発掘に向けられた熱意と、未公開資料を中心に展示する。
また、プライベイトや取材旅行中のスナップなど、写真嫌いと言われていた鮎川哲也の在りし日の姿を、多数の写真パネルで振り返ってみた。
十年という年月は、けっして短い時間ではない。ともすれば逝った作家は、忘却の彼方に消え去ってしまうが、鮎川哲也は今なお、まばゆいばかりの光を放っている。
*お詫びと訂正
「ミステリー文学資料館ニュース」第25号4面「没後10年 知られざる鮎川哲也展」告知の中で、日本探偵作家クラブ賞のトロフィーを、「(エドガー・アラン・)ポー像」とすべきところ、「コナン・ドイル像」と誤記してしまいました。
ここにお詫びのうえ、訂正させていただきます。
二年ほど前に刊行された文庫版『高橋克彦自選短編集』(全3巻)が、それぞれ「ミステリー」「恐怖小説」「時代小説」とテーマ別になっているように、その三つが作家を支える鼎の脚である。『写楽殺人事件』で彗星のごとく登場した著者だが、以来30年、百冊を優に越える著作のなかで、狭義の推理小説は必ずしも多くない。ミステリーも本格推理はもとより、直木賞受賞の甘美で哀切な記憶シリーズ、時代小説でも伝奇ものから市井もの、また歴史小説と多岐にわたり、業績を一望のもとに見渡すのは難しいはずだ。あらかじめ着地点の決まっている推理小説を書くのは楽しくないそうだが、どの小説にも謎があり、解決に終わる(時に、作者も予想しなかった解決を含めて)という意味では、全小説がミステリーであるともいえよう。ことさら意図しなくとも、ミステリーを愛し、発現する精神は作家に奥深く宿っている。日本ミステリー文学大賞にふさわしい所以だ。
同時に高橋克彦の作品には、東北人の気骨が隠れもない。東北といえば昨2011年、未曽有の災害に見舞われたものの、必ずや復興し、かつて以上の繁栄に至るのは疑いない。高橋氏の領域の幅広さ、旺盛な好奇心の発露が象徴している逞しさがまた、彼の地の復興を確信させるのだ。
本展では高橋氏の多彩な趣味、ひとつ所に留まらない意欲が、実際に作品に結実していったプロセスを読み取っていただきたい。そのためのヒントは、ささやかなスペースに可能なかぎり開陳したつもりである。蠱惑に満ちた高橋版「みちのく迷宮」を踏破する鍵は、あなた自身が書店で見つけられるだろう。
一世を風靡した風太郎忍法帖ながら、いま山田風太郎の名前を聞いて忍法帖しか思い浮かべない人はむしろ少数派だろう。空前の忍法ブームが去ったあとに育ってきた読者人口が増えたせいだけではない。忍法帖はその後もおりおり復刊され、漫画『バジリスク』のように違うメディアにアレンジされて新たな魅力を発見されたりもしている。
しかし忍法帖は豊穣な風太郎ワールドの一部でしかなく、その全体像に注目が集まっているのだ。初期のトリッキーな探偵小説、豊臣秀吉の英雄像を覆すような逆説史観あふれる時代小説、明治時代をガラス絵さながら色鮮やかに再現しつつ無類に面白い物語を構築した作品群……。また『戦中派不戦日記』では青年の眼で日本の現状を透徹し、晩年には老いと死を飄々と語り、市井の哲学者の風貌さえ感じさせた。
絶頂をきわめ、翳りが見える前にいち早く次なるジャンルに挑戦してきたことに、終生人気作家の座を保ち、没後十年の今もなお飽かずに読まれる秘密があるだろう。だが、それ以上に、ジャンルを超えて共通する精神――この住みにくい世の中を真剣に誠実に生きるには、すべてを笑いのめすしかないという諧謔の心が、同じように住みにくさを託っている現代人を魅惑して離さないのだ。
これこそ、忍法帖に限らず、全作品に通底する山田流忍法の奥義にほかならない。その秘伝をわずかなスペースで公開するのは不可能――というより、どれだけスペースがあっても足りないだろう。プロ作家にも熱烈なファンが多く、そうした人々の作品のあるものは風太郎忍法の分身の術による成果にも見える。それらをも含め、広大な風太郎ワールドの入口だけでも示せれば幸いである。
「探偵小説」は懐かしいだけ? いやいや、今もその妖しい魅力は色あせていない。本年8月、ミステリー文学資料館の編で、1938(昭和13)年の「新青年」に発表された傑作のアンソロジーが刊行されたが、作品そのものだけでなく、戦前の探偵小説本を愛好する人は多い。その独特の装幀もまた、現代にはない魅力である。
日本に探偵小説を紹介した黒岩涙香の創作『無惨』や、その涙香の独特の翻訳で話題を呼んだ『幽霊塔』は、探偵小説が日本にようやく紹介された頃、100年以上も前の刊行である。
江戸川乱歩の最初の著書である『心理試験』は歴史的な一冊だ。乱歩とともに探偵小説界を支えた小酒井不木、人気作家として多くの作品を発表した甲賀三郎と大下宇陀児、検事出身の浜尾四郎は、大正末期から昭和初めにかけての探偵小説ブームの代表的作家である。
『ドグラ・マグラ』と『黒死館殺人事件』は奇書としてつとに有名だ。『鬼火』で横溝正史は耽美的作風を確立した。戦前に数少ない本格の短編集として『死の快走船(ヨツト)』は忘れがたい。『船富家の惨劇』と『白日夢』は、戦前では珍しい書き下ろし長編募集の入選作である。そして木々高太郎は、新人ながら、昭和10年前後の探偵小説ブームの中心にいた。
新幹線も携帯電話もない時代に、探偵作家たちはどんな謎をちりばめたのか。秋の夜長に読み耽ってみるのも一興だろう。
※展示資料
2009年に作家活動30周年を迎え、すでに直木賞や柴田錬三郎賞など大きな文学賞の受賞も重ねている。だが、第1回小説推理新人賞受賞作でデビュー作の「感傷の街角」を発表したのが23歳の時だったから、まだ50代半ばなのだ。2011年で14回を数える日本ミステリー文学大賞の歴史において、最年少での受賞となった。
その「感傷の街角」の主人公である佐久間公のシリーズや、今年10作目が刊行される「新宿鮫シリーズ」を中心とした作品群については、いまさら多くを語る必要はないだろう。ハードボイルド・冒険小説の旗手として、国内外の舞台もさまざまに、多彩な作品が紡がれている。ダイナミックかつ巧みなストーリーで「今」を捉え、そして時代を先取りしてきた。
エンタテインメントの作家として、読者の存在を強く意識しているのも特徴的である。公式サイト「大極宮」は活気があり、読者とのイベントに参加する姿も珍しくない。2005年6月から4年間務めた日本推理作家協会の理事長時代には、立教大学を舞台にしたかつてないビッグ・イベント「作家と遊ぼう!ミステリー・カレッジ」を成功させた。
また、テレビや映画、ゲーム、携帯サイトなど、他のメディアとの連動にも積極的である。これもミステリー界の新たな道を探ってのものだろうが、2010年末から刊行の『カルテット』では、単行本、TVドラマ、電子書籍のクロスメディアを大々的に仕掛けている。これから先、どんな展開を見せるのか? 日本ミステリー文学大賞の受賞はやはり、ひとつの通過点にしか過ぎないのだ。
30年余りのこうした作家活動のすべてはとても紹介しきれないが、今回の展示だけでもその意欲的な姿は伝わるに違いない。
栗本薫氏が亡くなって、早くも一年半以上が経つ。しかし、その三十年余の作家時代を疾風のように駆け抜けた活動は、四百冊に及ぶ著書に、ライヴやTV出演などの映像に、なお残像が鮮やかだ。
その前期は、今日の女性作家の活躍に先がけるものだが、あえて才女とか才媛とかは呼びたくない。自分の人生がそれほど長くないと予知していたかのように、二〇〇九年に五十六歳で亡くなるまで、ひたすら物語をつむぎつづけた。天性の語り部というのがふさわしいだろう。
そのかたわら、ライヴコンサートを開きピアノを奏で、芝居をプロデュースし脚本を書き自ら出演もした。普通のひと数人分の人生を凝縮したような生涯で、その作品も「グイン・サーガ」シリーズに代表されるヒロイック・ファンタジーから、SF、ホラー、時代小説、伝奇小説、性愛小説、文芸評論、社会評論、エッセイ……と多岐に亘るが、今回の展示ではあえてミステリー作家・栗本薫にのみ焦点を絞ってみた。これが七つの顔の一つにすぎないということからも、その奔放多彩さが偲ばれるだろう。
『ぼくらの時代』で江戸川乱歩賞を最年少受賞(当時)してデビュー、それに先んじて雑誌「幻影城」ではミステリー評論家として、また中島梓名義で文芸評論新人賞と、最初から見せた多才ぶりを終生、保ちつづけた。青春ミステリーの旗手からたちまち一転、横溝正史を継ぐ浪漫探偵小説『絃の聖域』、そこに始まる伊集院大介シリーズがまた不思議なキャラクター小説として独自の展開を見せてゆく。ミステリーだけに限っても、魅惑的な迷宮が築かれているのを心ゆくまで味わってもらいたい。
1981年『弔鐘はるかなり』でデビューし、日本のハードボイルド・ミステリ−の旗手として華々しく活躍、今も中国を舞台にした『三国志』、『水滸伝』などで多くの読者を魅了し続けている北方謙三の館内展示「小説の光、人生の翳り− 北方ハードボイルドの軌跡」が3月13日から資料館で始まります。
これは氏のミステリー文学大賞受賞と、作家生活30周年を記念して開催されるもので、氏の子どものころから現在までの写真のほか、学生時代の同人誌、若かりし日の愛読書、執筆を支え続けている万年筆や国語の辞書、『渇きの街』、『檻』など名作の手書きの直筆原稿などが氏の個性的な世界を浮き彫りにするさまざまな物が展示されています。
原稿を書き終えると、クルーザーの<GAIVOTA>(カモメ)号で海に出て釣りをする氏は酒と、イタリア車のマセラッティを愛するいかにもハードボイルド作家らしいかっこいい絵になる作家です。
当然、交友関係も実に多彩で幅広いわけですが、展示されている二枚の額の中に非常に多くの有名な知人、友人の写真が集められているので、一枚ずつゆっくり見るのも楽しいでしょう。
ハードボイルド・ミステリ−を軸に、時代小説や中国を舞台にした作品で、常に人間の非情な生と死を描き続けている北方謙三の個性的な魅力あふれる世界を、どうぞ資料館でご覧下さい。展示期間は8月31日まで。
もう一つの開館10周年記念行事として企画された館内展示「『新青年』の作家たち」も10月17日からスタートしました。
大正9年(1920年)1月、博文館から創刊された雑誌「新青年」は、戦前の江戸川乱歩、横溝正史、小栗虫太郎、夢野久作など数多くの探偵作家が活躍した雑誌として知られています。最初は若者の修養雑誌として編集されたこの雑誌はミステリーに詳しい編集長森下雨村の手で、次第に戦前の探偵作家の登竜門に生まれ変わって行きました。
そこに発表された長編の名作の多くは戦後再刊され、短編も何冊ものアンソロジーに収録されています。そういうわけで、雑誌の名前はミステリー・ファンの間ではよく知られていますが、この雑誌は、現在では所蔵している図書館が限られており、たとえ所蔵していても、そのほとんどがマイクロフィルムでの閲覧しか認めていないので、現物を目にする機会は非常に限られています。
ミステリー文学資料館では、特別コレクションとしてこの「新青年」400冊を極美本で所蔵するとともに、一部を1階の開架書棚に配置し来館者が手に取って読めるようにしていますが、今回の館内展示は、資料館のコレクションをもとに、当時の雰囲気を伝えるモダンな雑誌の表紙、探偵趣味の濃厚な挿絵などのほか、同誌に連載された小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』、横溝正史の『鬼火』などの初版本、また、同誌の編集長を務めた作家水谷準の日記などを展示しています。
文字通り幻の雑誌でもある戦前の探偵小説雑誌「新青年」の魅力的な世界をどうぞお訪ねください。
展示期間は来年の2月の13日までです。
処女長編『占星術殺人事件』以来、ミステリーの最前線で活躍を続けている島田荘司の魅力にさまざまな角度から光を当てた「疾走する本格ミステリーの騎士 島田荘司、その挑戦と冒険」という館内展示が、3月13日からスタートします。
島田氏はいわゆる新本格の作家たちの生みの親としても知られる本格派ですが、その作品は、本格ミステリーだけでなく、トラベル・ミステリーの味のある『寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁』やホームズもののパロディ『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』、ハードボイルド・ミステリーの『サテンのマーメード』、青春小説『夏、19歳の肖像』、さらには都市論的な視角を持つ社会性豊かな『火刑都市』など実に多彩で、現在もクラシカル・ファンタジー・ウイズインという新しい試みに挑戦をしています。
また、『秋好事件』など冤罪事件にも関心を寄せ、ノンフィクションの試みがあります。
ロサンゼルス在住の島田氏は、ギターを弾き、イラストを描き、自動車については専門家として世界各地のカーレースを観戦する、まさに最高にかっこいい現代作家の一人といえましょう。
今回の展示はそういう島田荘司の魅力をさまざまな角度から伝えるもので、名作『斜め屋敷の犯罪』の舞台の斜め屋敷の模型をはじめ、自ら作詞、作曲、歌、演奏、ジャケット・デザインなどをすべて一人でやってのけたLP『LONELY MEN』の実物と原画、中編『疾走する死者』や長編『寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁』の直筆原稿、愛用していたギター、その他、写真パネルを含め、他の文学館などで展示されたもの以外の新しい資料が沢山出品されています。
なお、直筆原稿は、希望する方は有料でコピーも可能です。
開催期間は3月13日(金)から8月29日(土)までの予定。
ロマン溢れる本格的な謎解きのミステリーや<木枯し紋次郎>シリーズなど多くの作品で人気を集めた笹沢左保の館内展示が10月17日からミステリー文学資料館で始まりました。
笹沢左保は郵政省に勤務していた時、交通事故で重傷を負い、長期の病床生活で、長編『招かざる客』(1960年)を執筆、これが江戸川乱歩賞の最終候補となり、推理文壇にデビューしました。この作品は重厚な本格推理でしたが、続く『人喰い』(同)は色濃い虚無感と人間不信をも漂わせたロマン溢れる本格推理で探偵作家クラブ賞を受賞、さらに本格推理とロマンの融合による<新本格推理>を提唱して、『空白の起点』(61)、『暗い傾斜』(62年)、『盗作の風景』(64年)など、矢継ぎ早に多くの秀作を発表して、ミステリー作家としての地位を不動のものにしました。また、現代人の心に潜む虚無と孤独、人間不信をさまざまな愛のかたちを通して描いた『六本木心中』(62年)などをはじめとする現代小説なども多くの読者の心をつかみ、流行作家になりました。
71年から「赦免花は散った」で<木枯し紋次郎>シリーズの執筆を開始、一躍新しい感覚の時代小説の作家としても人気を集めるようになりました。
このように笹沢左保は、ミステリーや現代小説、時代小説などの分野で、さまざまな斬新で実験的な試みを続けた作家です。
この企画展では、こういう氏の人間と作品の多彩な魅力をさまざまな写真、生原稿、遺品、自ら描いた絵画などを通して浮き彫りにしています。多くの方に是非ご覧頂きたいと思います。1月中旬まで開催予定。
<日本推理作家協会設立60周年記念イベントとして昨年11月から開催されていた「短編の名手 佐野洋の世界」がこのほど、好評の内に幕を閉じ、3月12日から9月13日まで、新しい資料館の館内展示「旅と推理で紡ぐ日本の心−内田康夫のミステリアス・ワールド」が館内展示されました。>
33歳の独身の名探偵浅見光彦といえば、テレビでも大活躍、今では日本で知らない人はいないというほど有名な名探偵ですが、今回の展示では、このテレビでも大活躍の名探偵の生みの親で、すでに一億冊以上を売り尽くした人気作家の内田康夫氏にさまざまな角度から光を当て、その多彩な魅力に迫ります。この展示は内田康夫氏が長年ミステリー界で果たした優れた功績により、第11回ミステリー文学大賞を受賞したのを機会に企画されたもので、ミステリー界へのデビューのきっかになった自費出版の処女長編『死者の木霊』(1980年)をはじめ、名探偵浅見光彦が初めて登場する『後鳥羽伝説殺人事件』(82年)などの初版本や、カッパ・ノベルスの旅情ミステリーの一冊『横浜殺人事件』(89年)の自筆原稿などが展示されています。
また、会員が一万人以上といわれる『浅見光彦倶楽部』のことや、会員向けのオリジナル・グッズ、さらには、旅と歴史のライターである浅見光彦が全国を旅しながら解決した事件簿など、楽しさが一杯です。どうぞ皆さんご家族おそろいでお出かけください。
11月11日の日曜日の午前10時から午後4時まで東京池袋の立教大学キャンパスで日本推理作家協会設立60周年記念イベント「作家と遊ぼう!MYSTERY COLLEGE」が
開催され、作家と多数のミステリーファンとが交流する様々な楽しい催しが行われました。
ミステリー文学資料館でも、この記念行事の一環として前日から「短編の名手 佐野洋の世界」(明年3月まで開催)という館内展示を始めたほか、当日行われたミステリー検定プレテストの問題作成と監修作業や、資料館見学ツアーに全面的に協力しました。
ミステリー検定のプレテストは、トーハンが企画し、推理作家協会の実行委員会で記念イベントの1つとして開催することを決めたものですが、運営主体のトーハンからの依頼により、資料館が問題を作成、これを推理作家協会が監修するという形で実施することになったものです。最終的に出題したのは50問ですが、まず、90題の候補を作成、これを50問に絞るという計画でした。しかし、出題形式が当初は、正誤問題や3つの答えから正解を1つ選ぶ3択形式だったり、不統一だったため、すべて4択問題に統一しました。この過程で、新しい問題をいくつも作らなければならなかったり、作った問題を修正したり、さらに正解の解説も書くという二重三重の作業があり、問題作成委員の間からは原稿を書くほうがよほど楽だという声も出たほどです。
プレテストの本番は午前11時からタッカーホールという定員500人の大きな会場で行われましたが、この時間帯には、トークショー、ミステリー講談、ミステリー本ゲーム化会議、記念VTRの上映会など人気のある催しがいくつも重なったため、受験者より運営要員のほうが多くなるのではという不安が本気で囁かれたほどでした。しかし、運営に当たったトーハンの係員の熱心な勧誘と、試験監督?として立ち会った人気作家の北方謙三、真保裕一、楡周平、評論家の新保博久の3氏の強力な吸引力によって、最終的には136人が受験、問題作成の関係者もほっと胸をなで下ろしました。最高点は何と88点、平均点も52点というレベルの高さにはびっくり。ミステリー・ファンのマニア度がかなりなものであることが実証されました。もっとも、日本のミステリーを専門に翻訳出版している獨歩文化という台湾の出版社の女性編集者は76点取ったとうれしそうでしたから、日本のミステリーファンもウカウカしてはいられないと思います。上位3人にはフィナーレイベントで、大沢理事長から表彰状が手渡されました。なお、プレテストは有名作家も何人か受験していますが、その成績は極秘扱いになっています。
さて、もう一つの資料館見学ツアーは、同じ日の昼12時半過ぎと午後2時の2回に分けて10人ずつの限定プランで行われました。江戸川乱歩邸の見学の後、引き続いて特別に開館した資料館を訪れてもらうという企画ですが、実はこのツアーにはプログラムでは伏せられていた楽しいサプライズ企画が用意してありました。1つは、超人気作家の京極夏彦、宮部みゆきさん、それに評論家の新保博久さん(いずれも推理作家協会の役員)がホスト役として参加者一行を出迎えるということ、もう1つは、参加者全員に資料館が刊行した『江戸川乱歩と13の宝石』(光文社文庫・全2冊)を記念品として差し上げるというものでした。資料館としては、事前にこれらを大いに宣伝したかったのですが、希望者が多すぎて収拾がつかなくなったり、資料館に人が殺到するなどの心配があるため、秘密にしなければならなかった次第です。
第1陣は、和服姿の京極夏彦さんと礼服を着た執事役の新保博久さん、それに館長、第2陣は、メード姿の宮部みゆきさんと執事姿の新保博久さん、それに館長がそれぞれ出迎えました。作家の姿を見た参加者の皆さんはいずれもびっくりした様子。特にメイド姿をした宮部さんと執事姿の新保さんが、「ご主人様、いらっしゃいませ」とメイド喫茶スタイルであいさつしたのには、口をあんぐりという様子の人もいました。新保さんの館内案内の後、第1陣、第2陣とも地下の会議室で休憩を取って頂きましたが、ここでももう1つの楽しいサプライズが。でも、これはちょっと内緒です。参加者の7,8割の方は若い女性でしたが、皆さん、本当に満足してくださったようで、これには、館長以下、資料館スタッフ全員が大いに勇気づけられました。
資料館のイベントを強力にバックアップしてくださった日本推理作家協会の大沢理事長、逢坂実行委員長、ならびに当日快くホスト役を演じてくださった京極夏彦さん、宮部みゆきさん、新保博久さんのお三方に深く感謝申し上げますとともに、ツアー参加者の皆さんにも心からお礼を申し上げます。これからもどうぞよろしく。
(文責・権田萬治館長)
2007年5月と9月に、『江戸川乱歩と13の宝石』、『江戸川乱歩と13の宝石 第2集』が、ミステリー文学資料館監修で刊行されました。昭和32年から35年、斜陽の探偵雑誌「宝石」再建のため、江戸川乱歩自ら編集に乗り出した、ファン必読の傑作集成を2分冊で贈る、第1集と第2集。全編乱歩の推薦文つき。今なお新鮮な魅力に満ちた2冊です。
<「夏樹静子の華麗な世界 日常の謎から現代の闇まで」がこのほど好評のうちに終わり、11月10日から日本推理作家協会創立60周年を記念して企画した新しい館内展示「短編の名手 佐野洋の世界」が館内展示されました。>
今年ミステリー作家生活50年になる佐野洋は、1958年に「週刊朝日」と「宝石」が共同募集した懸賞に短編の「銅婚式」が入選して推理文壇にデビュー。次々と切れ味のいい長短編を発表して一躍人気作家になりました。長編には『一本の鉛』、『透明受胎』、『轢逃げ』などの優れた作品があり、1965年には『華麗なる醜聞』で日本推理作家協会賞を受賞していますが、短編の名手としても知られ、優れた短編を千数百編も発表、今もひたすらミステリーを書き続けている現役作家です。
実作者としての豊かな経験を生かして『小説推理』誌上に30年以上も連載している「推理日記」は、具体的に個々の作品の問題点を指摘するもので、作家の側からも有益だと高く評価されています。
また、1973年から3期6年にわたって日本推理作家協会の理事長を務め、推理作家の地位向上に努めたことはよく知られています。
これらの長年の功績により、1997年には第1回の日本ミステリー文学大賞を受賞していますが、今回の展示は、同協会の創立60周年に合わせて、このような佐野洋の活動の軌跡を振り返るためのもので、大学時代の同人誌や、「銅婚式」の草稿、読売新聞記者時代の洞爺丸遭難事件の取材帳などを展示し、氏の青春時代から現在までの作家としての活躍ぶりを浮き彫りにしております。この展示は明年3月まで開催の予定ですが、皆様のご来観を心から願っております。
ミステリー文学資料館では、さる6月初の試みとして毎土曜日、5回にわたって「ミステリーの書き方」教室を開講、おかげさまで好評の内に終了しました。
教室終了後、受講者の皆さんから「教室」を継続してほしいという強い希望が出されたため、9月から隔週開催の形で第二期教室をスタートさせる運びになりました。隔週開催に改めたのは、受講者が自作原稿を用意したり、宿題をこなしたりするのに時間が必要という意見が多く寄せられたからです。そのほかの教室の運営の仕方はこれまでと基本的に変わりません。
推理作家としてプロデビューをめざす人から、趣味的にミステリーを書きたいが少しでもうまくなりたいという人、ミステリーが好きなので自分でも書けるかどうか試してみたい初心者まで、受講資格は問いません。
受講者は、自作の書き出し(2000字程度)と全体の構想(400字程度)を、できれば初回に持参してください。もちろん完成作品(400字× 80枚以内)の提出も歓迎します。パソコン(ワープロ)で執筆の場合は、A4判用紙に40字×30行で縦書きに印字してください。第4回までに、少なくともどちらか1本を提出していただきたいと思います。
それら提出作品についての議論、講評などを中心に具体的な創作指導をするほか、ミステリーを書く上で役に立つさまざまなノウハウを伝授する予定です。
受講を希望される方は、下記の電話またはファックスで先着順に申し込みを受付けます。受け入れ可能な場合は、折り返し、受講申込書をお送りします。
1953年生まれ。日本推理作家協会理事、光文文化財団評議員。江戸川乱歩賞、日本ミステリー文学大賞新人賞などの予選委員を歴任してきた。権田萬治との共同監修『日本ミステリー事典』により本格ミステリ大賞、山前譲との共編著『幻影の蔵』により日本推理作家協会賞を受賞、また後者と同じコンビにより光文社文庫版江戸川乱歩全集を監修している。そのほか著書に『5分間ミステリー 容疑者は誰だ』(扶桑社文庫)、編書に『江戸川乱歩と13 の宝石』(光文社文庫、5月刊行予定)など多数。
<ご好評を頂いた「大沢在昌 <新宿鮫>の世界」に続いて3月14日から9月29日、「夏樹静子の華麗な世界 日常の謎から現代の闇まで」が館内展示されました。>
この企画は同氏が本年度、第十回日本ミステリー文学大賞を受賞したのを機会に開催されるもので、処女長編『天使が消えていく』(1970年)以来、37年もの間、女流作家の代表的な存在として活躍して来た同氏の華麗な活躍ぶりを貴重な生原稿、写真、などを元にたどっています。今回の展示では、中学時代の同人誌「伊豆文学」や幻の長編『すれ違った死』の原稿、あるいは『私だけが知っている』のシナリオといった貴重な初期資料をはじめ、推理作家協会受賞作の『蒸発』の原稿、欧米やアジアでの翻訳書ほかで創作活動の全貌を紹介、クイーン夫妻との交友も合わせ、多彩な夏樹静子の姿を浮き彫りにしています。
夏樹静子氏は、女性心理の機微を捉えたサスペンス、社会派推理、トリッキィな謎解き、そして舞台を海外に求めた作品と、幅広い作風で知られており、朝吹里矢子弁護士や霞夕子検事といったシリーズ・キャラクターは、テレビなどでもおなじみです。
もともとは謎解きの本格派ですが、ここ数年の長編『量刑』や『見えない貌』などの作品は、司法問題やネット社会の闇の部分に光りを当てたもので、非常に現代的な主題を扱っています。
中学時代、同人誌に短編を発表し、大学生のとき、『すれ違った死』で江戸川乱歩賞に応募、残念ながら入選はしませんでしたが、それをきっかけにNHKテレビの人気推理番組『私だけが知っている』の脚本を執筆、夏樹しのぶ名義で短編を発表。結婚して一時創作から遠ざかっていましたが、自らの出産と育児の経験から、母性をテーマに1970年に『天使が消えていく』を執筆、本格的な創作活動に入りました。1973年に『蒸発』で日本推理作家協会賞を受賞し、以後、人気女性作家として華々しい活躍を続けて来ました。また、本格派の世界的巨匠故エラリー・クイーンと親しく、海外で多くの作品が出版され、『第三の女』は、フランスの犯罪小説大賞を受賞しています。
2006年から刊行して参りました「名作で読む推理小説史」が、このほど山前譲編集委員の精選した『ユーモアミステリー傑作選 犯人は秘かに笑う』によって(全6巻)完結いたしました。
なお、ミステリー文学資料館では、すでに「幻の探偵雑誌シリーズ」の『ぷろふいる傑作選』『探偵趣味傑作選』『シュピオ傑作選』『探偵春秋傑作選』『探偵文藝傑作選』『猟奇傑作選』『新趣味傑作選』『探偵クラブ傑作選』『探偵傑作選』『新青年傑作選』(全10巻)、「甦る推理雑誌シリーズ」の『ロック傑作選』『黒猫傑作選』『X傑作選』『妖奇傑作選』『密室傑作選』『探偵実話傑作選』『探偵倶楽部傑作選』『エロティック・ミステリー傑作選』『別冊宝石傑作選』『宝石傑作選』(全10巻)も刊行し、好評です。
ミステリー文学資料館は、本年4月に8周年を迎えます。それを機に、土曜日も正面から入館できるように新しい入口を設けるとともに、ビル壁面に大きな掲示板を掲げて、資料館の前を通るだけで資料館と館内展示の内容が一目でわかるようにしたほか、館内展示用のスペースを拡大するなどの改装を行い、14日から装いを新たにリニューアル・オープンしました。
これまでは、他のテナント企業が休む土曜日などには、ビルの正面玄関が閉鎖されるため、通用口からしか入館できず、地下の駐車場を通ってまた1階に上がらなければならないなど、利用者各位に非常にご不自由をおかけしておりましたが、これからはそういう問題が解消することになりました。
このため、受付などの配置が若干変わりますが、利用の方法などは従来どおりですので、多数の方々のご利用をお待ちしております。
更新日:2007年03月13日